パジャマ
あなたは寝るときに何を来ているだろうか。
もうこの季節になると、パンツ一丁では風邪を引いてしまうでしょうね。
おそらく、パジャマを着て寝ている人が多いのではないだろうか。
パジャマ。
語源は「パン・ジャメル」というポルトガル人が、1880年に寝間着の営業に訪日した際、「アイムパジェマォ」と挨拶したことから、パジャマとなったと、私は親戚から聞いている。
そんなパジャマにまつわるエピソードがある。
男は、寝るときにパジャマではなく、スウェットを着て寝ていた。
もちろん、夏はシャツに半ズボンのジャージだ。
要するに、パジャマを着なかった。
いや、着なかったのではない。
着ることができないのだ。
パジャマを着て寝ようとすると、瞬く間にパジャマが細切れに引き裂かれてしまう。
どういう原理かはわからない。
しかし、起きてしまう現象は紛れもなく事実だった。
そうなるきっかけがあった。
それは、彼が7歳の頃の話だ。
その日は熱帯夜だった。
暑くて寝苦しい夜だ。
汗でベタつくパジャマが、寝心地を最低のものにしていたし、タオルケットも肌にひっついて寝られる状態じゃなかった。
もう我慢できない、と思ったその時だった。
ふわりと冷たい風が彼の顔に降りかかる。
「お前の願い、叶えよう。」
目を開けると、白く光る布に包まれたおじさんが浮いていた。
髪の毛もたくわえたヒゲも眉毛も長く白かった。
「お前の願い、叶えよう。」
おじさんは繰り返す。
男はその時、寝苦しさでどうにかなっていたのだろう。
咄嗟に出た答えが、「パジャマ脱ぎたい」だった。
「願い、聞き届けたり。」
白いおじさんは両手を広げ天井に向かって何かを唱え始めた。
「パジャマハジケロー」
おじさんをくるんでいた白い布が、下から風でも吹いているのだろうか、ぶわっと巻き上がる。
おじさんの下半身が見えるか見えないか、ぎりぎり見えないぐらい、巻き上がる。
見とれていると、男の体にもある変化が訪れる。
ビチビチと布の裂ける音がしたと思うと、彼の着ていたパジャマが弾け飛んだ。
「願い、聞き届けたり。」
おじさんは繰り返す。
この夜から、からはパジャマを纏うと張り裂ける運命を背負うことになったのだった。
そんな彼は、この秘密の夜を誰にも明かせずにいた。
彼が18歳の頃。
交際していた女性に、初めてこのことを打ち明けた。
初めは女は呆れたように聞いていたが、実際にパジャマが引き裂かれていく様を目の当たりにして、気味悪がって彼から離れていった。
それからというもの、彼は交際している女性にこのことを打ち明けるたびに、ふられてしまうのだった。
5人目の彼女ができたのが24歳の頃のことだった。
彼女だけは、どこか違った。
彼の話を聞くその目には疑いの光はなく、パジャマがボロボロになるのを見て、驚きもしなかった。
しばらくして、女は話し始めた。
「私も、その白いおじさんに会ったことがあるの。」
「私も同じことを言われたわ。願いを叶えようって。2回言われたわ。」
「何をお願いしたんだ?」
「6歳のころ、バナナを食べて吐いたことがあったの。それからバナナが苦手でね。」
「バナナを食べられるようにって?」
「逆よ。バナナなんていらない、消してくれ、そう願ったの。」
男は疑問に思った。
バナナはこの世から消えていない。
「僕に気を遣って、嘘言わないでくれよ。」
「嘘じゃないわよ。」
「たしかに弾け飛んだわ。」
「その時、わたしには付いてたのよ。バナナが」
男はそっと、彼を抱きしめたのだった。