ピスタチオ、ラブ。
私はピスタチオ。
もともと、私がピスタチオだということをわかっていたわけではない。
ピスタチオの原産国を知っているだろうか。
私も知らない。
なにせ、生まれた時からピスタチオだった私は、物心ついた時からピスタチオだったのだから。
どこで生まれたのか、ならあなたは覚えているだろうか。
ほら見ろ。
覚えてないではないか。
そういうことだ。
ピスタチオの原産国を知りたければ自分で調べたらいい。
いや、今はそんなことどうでもいい。
私がピスタチオだと、自分自身がピスタチオだと、そう認識する時にはすでに、私はピスタチオだったのだ。
しかし、あなたもそうだろ。
あなたが、なにかしらの名前を持っているだろうが、それが自身を指す呼称だと判別した時、あなたはどこで生まれたかを覚えていない。
つまりそういうことだ。
ピスタチオだろうと、なんだろうと。
話は数日前に遡る。
イスラエルでの話だ。
私はピスタチオだった。
気だるそうに、見知らぬ老婆によってカナヅチでこの殻を破られた。
しかし、私の殻はほとんど破かれなかった。
いや、隙間さえなかった。
後から聞いた話だが、ピスタチオが殻付きで出荷されるのは、その鮮度の良し悪しが絡んでいるらしかった。
殻付きの方が、種として優良ということだ。
しかし、これも後日談と言うべきか。
種として優良と言うのは、我々ピスタチオから見たわけではないということだ。
まあ、その辺は察しのいいあなた達なら、説明もいらないだろう。
ともあれ、私はほとんど我もない状態で、袋詰めされ、そして日本という国のセブンイレブンという小売店に並ぶこととなった。
その袋の中にいる同じピスタチオは、同じイスラエルで殻割りの儀式を受けたものばかりだった。
ただ、私はそれを見たわけではない。
なにせ私の殻はほとんど割れていない。
むしろ割れていない。
あなたもピスタチオを食べたことがあるなら、見たことがあるのではないだろうか。
閉じきったピスタチオを。
そう、まさしくそれが私だ。
想像に難くないはずだ。
だから、他のピスタチオたちの話し声だけか、私の真っ暗な視界に入ってくる。
「日本ってまじラッキー!」
「日本人はピスタチオ好きだからなーー!」
「早く食べてくれぃええええー!」
私もそう思っていた。
早く食べてくれ。
それが私の、生まれた意味なのだから。
なにも、私が初めから自分の殻が破られていないことに気付いていたわけではない。
闇に飛び込む会話に、私にはない認識が混じっていた。
イスラエルで派手なスカーフを巻いていたおばさんの話。
袋詰めの工場で、間抜けなバイトが頭を引っ叩かれたこと。
飛行機に乗った時の、空の青さ。
周りのピスタチオ達が話していたことだ。
私の前には暗闇しかなかった。
当然だ。
この殻は割れていないのだから。
一筋の光も、私の前には無かったのだから。
ピスタチオは、うまいらしい。
その塩っけ、そして殻を割るという工程。
ピスタチオをピスタチオたらしめる、その工程こそが、中身の我々を食す際に旨味を与えている。
しかしどうだろう。
私のように殻が少しも割れていないピスタチオは、爪を使って中身を取り出すことが難しい。
私は噂で聞いた。
「殻が割れていないピスタチオは、即ゴミ箱行きなんだって!キャハハハハハハハ!」
その日はやってきた。
セブンイレブンで陳列されていた私の入ったピスタチオの袋は、ある男に購入された。
皆盛り上がる。
やっと食べてもらえるよ、と。
私の心だけが、真っ黒に染まっていった。
「即ゴミ箱行きなんだって!」
男はドラマの「trick2」を見ながら、ビール片手にピスタチオを貪っていた。
殻の内側についた皮までむしゃぶりつくほど、ピスタチオを好んでいた。
彼がピスタチオを拾い上げるたびに、仲間達のうれしい悲鳴が飛び交う。
そしてついに、私が拾い上げられることとなる。
つづく
ピスタチオ、ラブ。その2