ピスタチオ、ラブ。その2
前回までのあらすじ
私は生まれた時からピスタチオ。
殻が割れていないピスタチオ。
真っ暗な闇の外からは、殻の割れていないピスタチオは、即ゴミ箱行きと言われている。
そして、ついに私はピスタチオを食べているある男の手の中に!
ピスタチオ、ラブ。その1
⇨https://real-dreams.hateblo.jp/entry/2018/09/28/235921
男は私をすぐには食べようとしなかった。
仲間たちのヒソヒソ声がする。
「捨ってーろ、捨ってーろ、捨ってーろ…」
醜い合唱だ。
人の不幸をネタに生きている。
闇の外で、男は私の何を見ているのだろうか。
これは、殻ごと噛み砕こうとしているのか?
そんなことをしたら、私は結局外の景色を一度も見ることなくこの人生、いやピスタチオ生を終えることになってしまう。
男は必死に殻を砕こうと力一杯噛んでいる。
その時ひときわ大きな音がした!
「グワリ!!!」
私の闇は何も変わりなかった。
噛み砕かれ、もう男の腹の中なのだろうか。
次の瞬間、男の口の中から吐き出されたのか、何かに打ち付けられる感覚とカランコロンという音がした。
「痛えええ」
男の声がする。
私のすぐそばでまた、カランコロンという音とともに、何かが転がってきた。
「歯が折れたああ」
なんと、私の殻があまりに硬かったゆえに、男の歯が負けて折れてしまったのだ。
なんということだ。
こうなると、結局私はゴミ箱行きだ。
「馬鹿な男!意地はって食べようとするから!」
「早く捨てちまえばよかったのに!」
他のピスタチオからは、男を蔑みながら私を罵る言葉が飛び交う。
その時、ものすごい衝撃が私の上空から襲いかかってきた。
「ドカン!」
私は冷静に耳をすませる。
「どごん!!」
衝撃とともに大きな音が闇にこだまする。
男はおそらく、なにか硬いものを上から思いっきり振り上げて、私の殻を砕こうとしている。
振り下ろすときに、空を切る音がする。
「バゴン!!!」
衝撃。しかし、光は漏れない。
虚しい騒音だけが、私の闇に響き渡っている。
しかし、これだけの衝撃を加えて割れないものなのか。
「全然割れねえ」
男はそう呟くと、なにやら誰かと話し始めた。
「すげえピスタチオ見つけたんだよ、これで一儲けだ!」
数日後、私はあるテレビ番組に出演していた。
「さあ!これが絶対に割れないピスタチオみたいですよぉ!」
何やら大勢の人間の声がする中、私を紹介する声がする。
「はい、このピスタチオを食べようとして、この前歯が折れました。」
「おお、なんと意地汚い!ではさっそく、プレス機にかけてみましょうか!」
物々しい機械音、プシューという音とともに、私の殻に今まで感じたことのない圧力がかかる。
「まずは20kg!全然ビクともしないよ!!!」
「もちろんです、ハンマーで叩き割ろうとしても傷一つつかなかったのですから」
わー、とか、えーとかいう声がいたるところから飛び交う。
「わあわあ!50kgも微動だにしない!」
「ここまでとは、正直驚きました。絶対、割れないと思います。」
圧力はさらに増していく。
「ええええ!ついに100kg!!!これ本当にピスタチオ!?」
「ピスタチオですよ。ピスタチオの袋に入ってましたから」
「あんたよく見たら、ピスタチオみたいな顔してるのね!」
司会らしき男の驚嘆の声に、会場はどっと沸いた。
「ええい!ここまできたら割っちゃいましょう!200kg!!」
「絶対に割れませんよ。」
先ほどよりも、さらに大きな圧力だ。さすがに少し苦しい。
男はどうしても私を食べたいのだろうか。
それとも、なかなか割れないことをネタにしているだけなのか。
「いやああ!すごい!ほんとうに割れないね!いやすごい!」
そうして、プレス機でも私を砕くことはできずに、番組は終了したようだった。
数日後、私はとある研究室に来ていた。
男は別の男と話している。
「これって本当にピスタチオですか?」
「精密検査の結果、ピスタチオでした。」
そう、私はピスタチオ。
早く、この殻を割って光を浴びさせてほしい。
ただそれだけを願う。
彼は私を色々なところへ連れて行った。
大学の研究室、握力の強い人のところ、相撲部屋、全米ライフル協会、自衛隊の基地、上空5000m、海底2万マイル。
いずれの場所でも、私の闇が晴れることはなかった。
いつしか彼は、ピスタチオを割ることができたら100万円と称し、各所でイベントを開き、小金を稼ぐようになった。
噂は瞬く間に広がり、一躍時の人となった彼の生活は変わった。
遅くまでキャバクラに入り浸り、昼間まで寝たかと思うと、すぐにパチンコに行き、またキャバクラへ。
しかし、そんな生活は長く続くはずもなく、割れないピスタチオはインチキと言われ、人も金も離れて行った。
彼はひとりぼっちになってしまった。
相変わらず私は闇の中。
彼は肌身離さず私を持っていた。
ひとりぼっちの男は、私に語りかける。
「お前を噛み砕こうとしたあの日から、俺の人生は狂い始めた。」
何を今更、愚痴なら他所でやってくれ。
「どうして、お前は割れないんだろうな。」
そんなの、私が聞きたい。
「お前を使って一儲けしようとした時期もあったけど、今も変わらずそばに居てくれてるのは…」
「こうしていると、いろんなことがあったなあ」
彼とは色々な場所で色々な経験をした。
さまざまな薬品をかけられたり、強く握られたり、横綱に踏み潰されたり、ライフルで撃ち抜かれたり、戦車にバズーカを放たれたり、高度5000mから突き落とされたり、深い海の底に沈められたり。
いつ何時でも、彼は私を心配して隣にいてくれた。
いっしょに薬品をかけられ、握られ、踏まれ、撃たれ、放たれ、落とされ、沈められた。
私も、いろいろ思い出していた。
「お前と会った時のこと、思い出すよ。」
私も、あなたと会うまでは、こんな人生、いやピスタチオ生を歩むなんて思わなかった。
「食べたかったんだ。」
食べられたかったの。
「好きだから、ただそれだけだった。」
あなたに、食べてもらいたい。
そう思った時、ピキッと音がした。
ああ、そうだったんだと、私はハッとした。
この闇は、私自身の殻だったんだと。
こんな風にして、誰かに受け入れられることに焦がれ、その叶わぬ夢に焼かれていたんだと。
そうしているうちに、誰にも受け入れられない、頑丈な殻を作ってしまっていたんだと。
彼も、この音に気づいたのか。
私を手のひらにのせた。
わずかに、でも確実に、私に光が注ぐ。
ピキっという音を立てて、殻が割れていく。
私の闇が晴れていく。
「割れている…!?」
あなたはどんな顔をして驚いているのかしら。
おいしいと言って、喜んで食べてくれるかしら。
広がる光の中で、私は、そんなことを考えていた。
完