Reincarnation
私は仕事柄、他人の携帯電話を扱うことが多い。
この仕事を始めて、携帯電話を買い換える時、写真やアカウントを新しい端末に移行できない人間というものは、案外多いものだと知った。
そして今日も、私は古い携帯電話に保存されている写真を新しいものに移行する仕事をしていた。
派手な金髪に似合わない色黒の客は、左目の周りに大きなアザがあった。
唇は青く腫れ上がっており、左頬には擦り傷。
右手の親指には包帯を巻き、左腕は白い布で首から吊って、おまけに杖までついていた。
赤いワイシャツは、包帯の白と相まって血の色のように映えていた。
顔立ちはどこか日本人離れしていおり、名前を「上智坂 C.M 蓮」といった。
「ここには長くはいられないんだ」
上智坂は瞳をキョロキョロとさせながら、写真の移行を依頼してきた。
古い端末を受け取り、1時間後に取りに来るようにと、私は彼を店の外へやった。
写真の移行はその性質上、古い端末と新しい端末を専用のケーブルでつなぎ、1枚1枚移っているか確認しながら作業を進める。
50枚が20秒ほどで移り、ひとたび移行が始まれば両方の画面を交互に見るため、終わった後は目が異常に疲れるのだった。
そして今回の上智坂は、なんと1万枚近い写真を依頼してきたのだ。
これは骨が折れる。やれやれと準備を整え、私は二つの携帯電話を交互に見始めた。
他人が撮った写真というものは本当に様々だ。
風景、集合写真、自撮り、資料、ペット、食べ物、スクリーンショット。
写真は最新のものから順に移行されていく。
上智坂の写真は、彼の怪我の様子を記録したものから始まった。
親指以外の包帯が取れたのは最近であるらしく、右手全体を包帯でくるんである写真。
左目に眼帯をしている写真もあった。
どんな事故に見舞われたのか、少なからず気にしていた私は、その怪我の原因を写真で遡ることができると考えた。
そして、私はたどり着く真実を、この時、知る由もなかった。
彼の写真の殆どが、おそらくインカメラで撮影したいわゆる自撮り写真だった。
もしくは鏡に映る自分の写真だ。
そしてその大半が、必ず怪我をしていた。
頭を包帯でぐるぐる巻きにされている写真。
口元に赤く痛々しい切り傷を縫ったような写真。
爪が半分剥がれたような写真や、腹部になにかを刺した後のような写真など、どれも見るに耐えない写真ばかりだ。
序盤は頭、腕、手、腹、首の写真ばかりであったが、2000枚を超えたあたりだろうか。
目、口、耳、鼻、頬、歯など、顔のパーツを切った跡や縫い付けたような写真が増えてきた。
私は、にわかに勘付き始める。
「整形の記録か」
この男、上智坂 C.M 蓮は体全体を整形手術しているらしかった。
そのして、その回数はおそらく、写真の量からして100を超えているだろう。
5000枚を超えていただろうか。
上智坂がこの店に来た時に私が見ていた彼とは、次第に顔が変わっていく。
今でも顔立ちは日本人離れしていたが、その顔は欧米系のそれだった。
信じられないことに、肌の色は元をたどると目が醒めるような白だった。
7000枚を超えたところで、私は目を疑う。
どこかで見たことが、ある。
髪の色は黒く、何度も手直しされていた鼻は取って付けたように不自然に高い。
バサバサの金髪は黒く、ウェーブがかかっており、頬の凹凸に人間味がなかった。
私は、彼を、見たことがある。知っていた。
目は異様に大きく、深い二重。ひとみは黒く、デコには異常な張りがあった。
間違いない。
私は確信した。
全ての画像が、新しい端末に移行した時、最も古い写真を見て、そして震えた。
彼は、紛れもなく、マイケルジャクソンだった。
あらゆる疑問、それに対する答えを私が持てるはずがなかった。
ただ事実、今ままで見てた彼の整形の記録は、マイケルジャクソンがあの上智坂という男になった、その軌跡だったのだ。
そして、気づく。上智坂C.M蓮、Jochisaka C.M Len という彼の名前は、Michael Jackson のアナグラムになっていたことに。
ほどなく、彼は戻ってきた。
サンキューと、ひとこと残して、彼は街に消えた。
もしかしたら、今日もひっそりとどこかで…。