集え!
私は怒っていた。
かの暴虐の自販機を許すまじと、蹴り飛ばしたい衝動を抑え込んでいた。
ここは駅のホーム。人目を気する私は、自販機に貼ってあったシールを写真に収めた。
話は2分前に遡る。
私は渇いていた。
前日のバーボンウィスキーのソーダ割りは、確実に肝臓に負荷を与えていた。
毒素をろ過するために、体中の水分を肝臓へと集中させていた。
異様な渇きだ。
普段飲まないウィスキーが、お腹の中でまだグルグルと回っているようだ。
改札を抜けプラットフォームに降り立ったとき、ふと目に入ったものがあった。
自動販売機だ。
ラインナップを確認すると、いまの渇きに効きそうな飲み物を発見した。
おしるこだ。
9月になって涼しくなり始めてるとはいえ、さすがにこの気温で飲む人は少ないだろう。
しかし、おしるこを求めてやまないこの心は嘘じゃない。
甘さと優しさ、それがおしるこの全てだ。
そんなおしるこに私は吸い込まれるようにコインを投入していく。
まずは100円玉、そして10円玉、10円玉。
私は最後の10円玉を財布の中から探して、投入した。
釣り銭の口の方から、カランと音がした。
10円玉はそのまま入金されずに落ちてきた。
私はもう一度10円玉を投入。
ここである異変に気付く。
おしるこのボタンが光っていないのだ。
自販機を使ったことがある人ならわかるだろう。
お金を入れれば商品下のボタンが赤やオレンジに光る。
それが点灯してないのだ。
入金額の表示は、10円だ。
おかしい、私は確かに120円を投入したはずだ。
二日酔いだが、フラフラではない。記憶も定かだ。
飲まれた。
120円を飲まれてしまったんだ。
普段の私ならまあいいか、と120円を投入しただろう。
しかし、いまの私の心はおしるこでしか満たせない大きな穴が空いている。
この渇きの原因が、その穴から体中の水が流れ出ている気分だ。
あの甘く優しい時間を想像し、まさに手に入れられるその直前だったのだ。
フルマラソンのゴールが間近に見えたその時、地を踏む足が空を切り、そのまま落とし穴に落ちていくような感覚。フルマラソンを走ったことがないため、この辛さを引き合いに出すべきではないのか。それはわからない。
求めなければ、傷つかなかったのか。
私のこの虚しさを受け止められるのは、この怒りを投げるべき相手は、このベンダーの管理者だった。
私は怒っていた。
かの暴虐の自販機を許すまじと。
電話をすると何の確認もなく120円を現金書留で郵送する対応を受けた。
楽しみだ。